「人事部の新機能とファシリテーション」

「人事部の新機能とファシリテーション」
  (賃金実務11月号掲載)

(株)ピープルフォーカスコンサルティング 代表取締役
ファシリテーターズクラブ 代表
黒田由貴子

「War for Talent」(才能獲得合戦)という言葉はご存知だろうか。20世紀が、資本(カネ)の調達・投資・回収を中心として競争する「資本主義」の時代だったのに対し、今世紀は、資本主義であることに加え、企業間の競争が才能を求める戦いへと変わりつつあることを言い表すキーワードだ。知識を有するプロフェッショナル、そして実行を可能にするリーダーシップこそが競争優位の源泉であることが明らかになった。ハーバードビジネススクールのクリストファー・A・バートレット教授は「今日のほとんどの企業にとって、資本が成長の制約要因となる経営資源ではなく、才能のある人材が制約資源となる。人的資源こそが最も重要な戦略資源になる」と主張している。また、ラリー・ボシディ氏はその著書『経営は実行』(日本経済新聞社)の中で、人材プロセスの管理が経営者の最重要課題であると述べている。つまり、人材経営は人事部門の範疇を超えて、経営トップや事業幹部らの仕事になっているということである。ここでは、このような新時代に人事部門に求められる役割を整理した上で、ファシリテーション・スキルを紹介し、それが人事部門の新機能にどのように役立つか、事例を用いて説明したい。

従来の人事部門の主たる業務は採用・配置、人事制度の設計・運用、そして事務処理などに代表される。ところが、人材経営が経営の軸となるということは、人事権が、人事部から経営者や現場に移されることを意味する。実際、欧米の企業では既にそれが当たり前である。また、言うまでもなく事務処理系の業務は効率化のためにアウトソーシングが進んでいる。すると、人事部門の仕事は狭まる一方なのであろうか。否、人材経営の時代だからこそ、人事部門には新たなる重要な役割が期待されているといって過言ではない。先述のラリー・ボシディ氏も「まず取り組むべきは人事部門の役割の再定義と強化だ」と指摘している。さらに、アメリカの人事関係のプロフェッショナルに多大な影響を与えた『Human Resource Champions』(邦訳は『MBAの人材戦略』(日本能率協会))の中で、著者のデイビッド・ウルリッチ氏は、人材経営専門職が企業に付加価値を生むことを可能にするための4つの役割を定義している。(図1)4つの中でも「戦略パートナー」そして「変革推進者」としての役割を強化することが現在の人事部門にとっては急務である。

人事部門が「変革推進者」の役割を担うということは、多くの企業の人事部門にとってパラダイム転換を意味するかもしれない。多くの企業経営者から「人事部門が企業変革の最大抵抗勢力だ」というのをよく耳にするからである。しかし、今こそ人事部門が、あらゆる社員たちと率直な対話をもち、変革への活力源を組織の隅々に醸成することが期待されている。それにはファシリテーション能力が欠かせない。人事部門のプロフェッショナルが、「チェンジ・エージェント(変革請負人)」の自覚をもって、ファシリテーション・スキルを発揮すれば、企業文化変容の触媒となり、変革推進の過程を支援し、変革実現に貢献することは可能なのである。

近年、国内でもファシリテーションについての関心が高まっているので、ご存知の方も多いと思うが、念のためファシリテーションについて簡単にご説明しておこう。ファシリテート(Facilitate)は、直訳すると「たやすくする」という意味だが、企業内のファシリテーションを「中立的な立場でチームのプロセスを管理・リードし、チームワークを醸成し、チームが成果を挙げるのを支援すること」と、我々は定義している。狭義のファシリテーションとは、「会議の場において、議論の中身には中立な立場をとり、会議の進行を管理し、参加者が共通の目的・目標に向かって作業し、会議のアウトプットを出すのを支援すること」であり、企業変革の観点から言えば、「トップが示した変革を実現させるべく社員が一丸となって変革に取り組むよう支援する」ということになる。

企業変革のためにはトップは不退転の決意をもって変革を推進していくことは無論大切であるが、社員を効果的に巻き込むことなくして、変革がうまくいった例も稀である。かのカルロス・ゴーンも日産リバイバルプランの成功の秘訣はCFT(クロスファンクショナル・チーム=部門横断で組まれた社員のチーム)の活用であったと述べているのは、よく知られた話だ。「そこで我が社でもCFTを立ち上げた」という企業は多いが、「立ち上げたのに変革は一向に進まない」という企業も多いのが実態である。

そのようなとき、ファシリテーターがいれば、事態打開に向けての光が見えてくる。以下に、人事部がファシリテーターの役割を果たし、変革推進に大きく貢献した例を挙げよう。いずれも外資系企業の事例である。

A社では、顧客からの要望をより早く商品に反映させることが課題であり、商品開発部門と営業部門など、複数の部門から選出されたメンバーより成るタスクフォースが立ち上がった。しかし、会議を何度か重ねても、メンバーは自部門の主張を繰り返すだけで、話し合いは平行線のまま。やがてメンバーからは「このような部門をまたがる問題は上層部で調整してもらわないと」とぼやき投げやりになる始末。そこで人材開発部でファシリテーターとしての経験が豊富なC氏に白羽の矢が立ったのだ。開発寄りでも営業寄りでもなく、中立的な立場をとりやすいというのも、彼が選ばれた理由のひとつだった。

C氏はそれぞれの部門と入念な事前打ち合わせを行ったうえで、丸1日のオフサイト・ミーティング(会社から離れた場所での会議)を企画した。「ファシリテーターの役割は調整役ではありません。開発側と営業側の意見をそれぞれ聞いて、妥協点を探るようなことはしません。私の役割は、彼らがある目的に向かって知恵を出し合わなくてはならない共同体だという意識を作ることや、声の大きさで議論が左右されることなく、事実に向き合いながら客観的な判断ができるように議論を導くことです。」とC氏は言う。そのオフサイト・ミーティングにおいては、C氏が提案した討議手法に従って議論を進めたことも手伝い、それまでの議論とは違った角度からの分析や活発な意見交換が可能になった。そこで大きな方向性について合意をみることができたタスクフォースは、その後、職場に戻り、詳細部分を詰め、プランを実行するにいたった。

B社では、「対象マーケットの絞込み」という経営戦略の転換に伴い、組織のリストラクチャリングが進められていた。部署の改廃や人員の異動や削減、顧客の取捨選択などが予定され社内の大きな抵抗が予想されていた。人事部では、一方的な通達で社内に不満が鬱積して変革が足止めされたりすることのないようにと、方針浸透のための社員巻き込みプロセスを設計した。

具体的には、たとえば、全社員が50人ぐらいずつトップと直接対話できる場を設定し、トップと従業員が忌憚なくオープンな双方向のやりとりができるようにファシリテーションを行った。「そんなことなら自分たちはとっくの昔からやっている」と思う方も多いだろうが、ファシリテーションを行うということは、単なる「事務局」であることとは異なる。「あのファシリテーターがいたおかげで、社員たちは率直に意見を述べることができ、トップが耳を傾け、トップの真意が社員に伝わった」と社員とトップの双方から言ってもらえるような存在でなければならないのである。たとえば、ファシリテーターは、社員がトップの存在にも臆することなく発言できるような環境作りに心を砕く。会議室の環境のみならず、自らの身の振舞い方で空気を変えたりすることによって、その場の雰囲気を作っていくのである。時には、ファシリテーターがトップに指図しなくてはいけない場面もある。このB社の例では、ファシリテーターとトップのパートナーシップが効を奏し、積極的な意見交換が行われ、方向性が確認されることで、従業員のモチベーションや経営層との一体感も高まり、変革推進に大きく寄与したと聞いている。

では、どうしたら優れたファシリテーターになれるのか?ファシリテーションに必要なスキルは様々なので、幅広い分野での研鑽が必要になる。ご参考までに、我々のファシリテーション研修で用いているチェックシートの項目を紹介する。

■目標を明確化しているか?

  1. チームの活動の目標を明確に提示している
  2. 目標の達成に向けてメンバーを動機付けている
  3. チームが脱線などしないように、効果的に目標に導いている

■傾聴しているか?

  1. メンバーの意見を熱心に聴いている
  2. メンバーの貴重な発言を正確に把握して記録している
  3. メンバーからの意見を簡潔かつ正確に、系統立て、要約している

■チームビルディングを行っているか?

  1. 他から攻撃されたり無視されたりしないように、メンバーやその意見を守っている
  2. 発言者に偏りがないよう配慮している
  3. 質問やメンバーの発言を全体に投げかけ、メンバー同士の話し合いを促進している

■プロセスを管理しているか?

  1. 目標達成のために必要なプロセスを提示している
  2. 課題に適した討議ツールを選択し、活用している
  3. チームの人間関係やその場の雰囲気に応じて、臨機応変にプロセスやツールを調整する

■チームに問題があるとき効果的に介入しているか?

  1. チーム活動に支障をきたす行動を取るメンバーに適切に対処している
  2. チーム活動が機能しなくなった場合には、即座に介入している

■コンセンサスを適切に得ているか?

  1. チームが権威者や多数派の意見に流されたり、早まって結論を出さないよう支援している
  2. 異なる意見を奨励するべきときと、コンセンサスをとるべきときのタイミングを見極めている
  3. メンバー間の意見の相違を、共通の利益になるように転換し、利用している

■中立性を維持しているか?

  1. 対立を恐れず、中立的な立場から対立を認識し、解決を支援する
  2. データ収集中は判断を保留している

■結論を明確にしているか?

  1. 会議の結論をメンバー全員が共有し、納得していることを確認する
  2. 会議の終了時に次のステップを明確に定め、メンバー全員が理解していることを確認する

■立ち居振る舞いは適切か?

  1. 姿勢よく立ち、ほどよいボディアクションでプロフェッショナルらしい振る舞いをしている
  2. チームの雰囲気を鼓舞激励するような発言や仕草をする
  3. チームに対し十分な声の音量で、はっきりメリハリをつけて話している

 

最後に、ファシリテーターとしての心得をまとめてみた。これらを参考にしながらファシリテーション・スキルを身につけ、人材経営の担い手として組織内で縦横無尽に活躍する人事系プロフェッショナルが増えることを願ってやまない。

図1人材経営の役割の定義

役割 達成成果 形容 活動
戦略的経営のマネジメント 戦略を実現する 戦略パートナー 人材経営とビジネス戦略を統合する「組織診断」
企業インフラストラクチャーのマネジメント 生産性の高いインフラストラクチャーを築く 管理エキスパート 組織プロセスをリエンジニアリングする「サービスの共有」
従業員からの貢献のマネジメント 従業員のコミットメントと能力を向上させる 従業員チャンピオン 従業員の声を耳に傾け、対応して「従業員にリソースを提供」
トランスフォーメーションと変革のマネジメント 変革された組織を生み出す 変革推進者 トランスフォーメーションと変革を推進する「変革推進能力の構築」

出所:『MBAの人材戦略』デイビッド・ウルリッチ

図2 ファシリテーターの心得
Fact:事実に忠実に議論させよ

Active Listening:積極的に傾聴せ

Conflict:対立に対処せよ

Interpersonal:人間関係のダイナミクスも見落とすな

Lead:プロセスをリードせよ、ただし議論の中身は引っ張るな

Intervene:チーム活動が機能していないときは介入せよ

Tool:ツールを活用せよ

Ask:適切な質問で発言を投げかけよ

Team:チームとしての一体感を醸成せよ

Energize: チームにエネルギーを与えよ

出所:㈱ピープルフォーカス・コンサルティング